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日本酒の成り立ちを調べますと、三世紀末に書かれた『魏志倭人伝』にでてまいります。その記述によると、古代酒は決して今我々が口にしているような日本酒ではありませんでした。しかし二千年弱の時を経て、その味と製法は熟成し、やがて世界に誇れる地位を確立するに至りました。このように神代の時代から、先人達が知恵と工夫を織り交ぜつつ連綿と受け継がれてきた日本食文化の一つである日本酒にロマンを感じながら、私達は「参宮あわび」に最も合う極上の清酒作りを三年計画で始めました。 |
日本酒の味は、水・米・麹・酵母の組み合わせで決るといわれます。
そこで、先ずお米は、麹米に「山田錦」掛米に「伊勢光」を用いようと思います。
(麹米とは米麹を作る為のお米であり、掛米とは麹の力で溶けてお酒に変わるお米です。)
麹米に使用予定の「山田錦」は今では最も有名な酒米の王様で、大正時代に兵庫県立農事試験場で誕生した品種です。この品種改良の際に母となったのは「山田穂」という品種であり、「山田穂」の山田は、実は「伊勢山田」(現伊勢市)の山田だったのです。藩政時代、お伊勢参りの際、兵庫県美嚢郡吉川町の田中新三郎氏が、草丈が高く穂の大きい立派な酒米を見て一穂を持ち帰り栽培し、豊受大神(伊勢神宮外宮)を祭る伊勢山田にちなんで、「山田穂」と名付けたものだと伝えられています。 |
一方掛米に使用予定の「伊勢光」は、伊勢神宮の神前にお供えされている御料米です。平成元年秋、伊勢地方を二度も強い台風が襲いました。伊勢神宮御神田の殆どの稲が倒伏した中で、水田中央に立派に直立していたという驚異の稲株がありました。この平成の御代替わりと時を同じくして突如出現したお米は後に「伊勢光」と命名され、門外不出として扱われてまいりました。
この一般には決して流通することが無い幻のお米「伊勢光」の籾種をやっとの思いでようやく僅かばかり入手することができました。しかし、これだけの量では、お酒を作るには余りにも少なすぎます。そこで、ある農家さんと栽培契約をし、今年は来年の本格田植えに向け、籾種作りの為の田植えを致しました。 |
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| この様に、「参宮あわび」に合うお酒を作る為に私達は、伊勢と縁が深く酒造りに最も適するとされるお米を選定し田植えをし、お酒の原料作りから準備を進めています。最後の熟成期間も考えますと今から三年先に出荷の予定となりますが、今後も時折経過をお知らせしてまいりますので、どうぞお楽しみ下さい・・・・・・・・・ |
社主 関谷 充司 |
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